「Zipper」などで活躍していたモデル・瀬戸あゆみさんが、難病を公表したことをご存じですか?
彼女が明かした病名は「脊髄小脳変性症」。
実はこの病気、彼女の母親も同じく30歳で発症していたそうです。
しかも、あゆみさん自身も出産後に発症し、母娘そろって同じ病と向き合うことになったのだとか。
今回の記事では、そんな瀬戸あゆみさんの現在の病状や日常、母としての葛藤や支え合う家族との関係まで、リアルな声をもとにまとめました。
この記事でわかること
- 瀬戸あゆみさんが病気を公表した理由
- 母も同じ病気だったことの衝撃
- 進行性の症状と日常生活への影響
- 育児との両立に感じる葛藤と家族の支え
- 病気の特徴と治療の可能性
彼女の強さと優しさにきっと心を動かされるはずです。
瀬戸あゆみ、母娘で同じ病に…
瀬戸あゆみさんが明かした「母娘で同じ難病を抱えていた」という事実は、多くの人の胸に強く響きました。
この記事では彼女がなぜ病気を公表するに至ったのか、そして母親との関係性や病気との向き合い方について、本人の言葉を通して深く掘り下げていきます。
彼女の発信にはただの告白ではない「生き方の選択」が込められていました。
瀬戸あゆみが難病を公表した背景とは?
瀬戸あゆみさんが脊髄小脳変性症という難病を公表したのは、2024年3月の出産直後でした。
理由は「病気でも母親になることができる」と、同じような立場にいる人へ向けて勇気を届けたかったからです。
この病気は小脳が少しずつ破壊されていく進行性の神経疾患で、運動失調などの症状を引き起こします。
彼女自身、「歩き方がおかしい」「バランスを崩して転んでしまう」と日々の生活にも大きな影響があることを素直に発信しています。
そんな中で、育児や仕事を続けることの不安や葛藤を隠さず言葉にする姿に、多くの人が共感しました。
「病気になっても母になったことは後悔していない」と語るその言葉は、非常に力強く同じ境遇の人たちにとって心強いメッセージとなっています。
彼女が難病を公表した背景には「病気でも人生は続く」という希望を伝えたいという強い気持ちがあったのです。
母も同じ病を患っていた過去
瀬戸あゆみさんの告白で驚かされたのは、実母もまた同じ脊髄小脳変性症を抱えていたという事実です。
母親は21歳で瀬戸さんを出産し、30歳ごろに病気を発症していたことが記録に残っています。
当時の母親は毎日の買い物や食事の準備、遠出もこなす「普通のお母さん」だったといいます。
しかし瀬戸さん自身が母になり病気の症状が日々進行していく中で、「母のすごさ」に気づかされたと語っています。
歩行が不安定で階段の昇り降りにも支障が出ている彼女にとって、育児を普通にこなしていた母の姿は、今や尊敬とともに思い返されるものとなっています。
「いつまで母親でいられるか」と不安を口にする一方で、「存在してるだけで立派な母」という言葉に甘えたくないという意思も感じられます。
瀬戸あゆみさんの人生は母の人生と重なりながらも、自分自身の道を模索している真っ只中なのです。
脊髄小脳変性症との闘病と育児の現実
瀬戸あゆみさんが明かした「進行性の難病と育児の両立」は、想像以上に大変なものです。
病気が少しずつ進行していく中で、歩くことすら困難になる日もありながら、それでも母として子どもを育て続ける覚悟を語っています。
ここでは日々の生活で感じる体の変化や、育児を通して見えてきたリアルな葛藤、そして支えてくれる家族や周囲の存在について詳しくお届けします。
次は病状の進行と生活の変化にどんな影響が出ているのかを見ていきます。
マームガーデンに宿泊した日々のこと、いまだに思い出してはきゅん、となる……。
— 瀬戸あゆみ (@setoayumi) August 22, 2024
まだちいさい息子とふたりきり、お部屋から毎日海に沈む夕陽を見ていたこと。ベビールームの助産師さん方に甘えて息子を預かってもらいたくさん眠ったこと。
人生の最も大事な時に、寄り添ってくれる場所でした。 #pr pic.twitter.com/LwixkuvEdu
日々進行する病状と生活の変化
脊髄小脳変性症は少しずつ小脳が破壊され、歩行やバランス感覚に大きな影響を与える病気です。
瀬戸あゆみさんも「誰が見ても歩き方はおかしい」と語るように、日常の動作に支障を感じる場面が増えているといいます。
階段を上り下りする時には手すりが必要で、時にはバランスを崩して転んでしまうこともあるそうです。
一見するとまだ若く見える彼女が、そんな状態にあることに驚く人も多いでしょう。
その進行のスピードは緩やかではあるものの、確実に日常生活の質を変えていく現実がそこにはあります。
しかし瀬戸さんはその変化から目を背けず、しっかりと言葉で伝えてくれています。
「リアルを届けたい」という彼女の意思が、同じ病気と闘う人々の励みになっているのです。
次はそんな中でも母親として子どもと向き合う、瀬戸あゆみさんの葛藤と支えについて紹介します。
母としての葛藤と支え合う家族の存在
病気と向き合いながら母であることを続ける――それは簡単なことではありません。
瀬戸あゆみさんは「母が10年間健康でできていたことが、自分にはできないかもしれない」と語り、その不安と悲しみを素直に発信しています。
自分が息子に十分なことをしてあげられないかもしれないという不甲斐なさは、母としての誇りと責任感からくるものです。
それでも彼女は保育園や行政のヘルパーサービス、友人や仕事仲間、そして何より夫の存在に助けられながら、日々を乗り越えています。
夜中に不安で泣いてしまう時も、夫がそばで頭をなでてくれる――そんな小さな支えが、彼女の心の支えにもなっているのです。
瀬戸さんは「病気でも母になったことを後悔していない」と断言しています。
その強さと優しさは、家族と共に過ごす日々がもたらしてくれているのでしょう。
【 瀬戸あゆみ 】「母はわたしと同じ病気だった」難病・脊髄小脳変性症と向き合う 家族も子どももいて幸せ「それだけではない」 “リアル” な心中を明かす(TBS NEWS DIG Powered by JNN)#Yahooニュースhttps://t.co/apuFB69Mdr
— たびい (@tafrontsuper11) August 22, 2025
瀬戸あゆみの現在の活動と今後の展望
病気の進行と育児の中でも瀬戸あゆみさんは活動を完全に止めることなく、自分らしいペースで仕事を続けています。
モデルとしての一面はもちろん、アパレルや飲食業のプロデュースなど幅広く活躍してきた彼女ですが、現在はどのように仕事と向き合っているのでしょうか。
ここでは彼女の仕事に対する考え方や、病気と共に歩む今後のビジョンを掘り下げていきます。
モデル・アパレル業への影響は?
瀬戸あゆみさんはZipperなどの人気ファッション誌で注目を集め、個性派モデルとして長年活躍してきました。
さらに自身のブランドを立ち上げるなどアパレル業にも力を注いでおり、業界内での評価も高い存在です。
そんな彼女にとって脊髄小脳変性症の診断は、仕事にも大きな影響を与えるものでした。
移動や撮影など体力が必要な場面が多いこの業界で、病気の進行による身体的な制限は少なからず障害となります。
とはいえ彼女は自分のペースでできることを模索しながら、できる範囲で活動を継続しています。
SNSでの発信やブランド運営など、自宅や限られた環境でもできる仕事に注力することで、「休む」のではなく「形を変えて続ける」という選択をしているのです。
今後に向けた本人の思いと発信
「病気でも母になったことを後悔していない」――この言葉に、瀬戸あゆみさんのすべてが詰まっています。
発病以降彼女はSNSを通じて、日々のリアルな想いを赤裸々に綴ってきました。
それは決して「大丈夫です」と強がるのではなく苦しさも弱さも、涙も正直に見せるスタイルです。
彼女の投稿を見た人の中には、「同じ病気だけど勇気をもらった」「泣きながら読んだ」という声も多く寄せられています。
脊髄小脳変性症とは?病気の特徴と課題
瀬戸あゆみさんが公表した「脊髄小脳変性症」は、あまり知られていない指定難病の一つです。
この記事を読んでいる方の中には「初めて聞いた」「どんな病気なの?」と疑問に思った人もいるかもしれません。
今後の活動についても、彼女自身は「リアルを届けたい」と話しており、無理をせず自分のタイミングで前を向いていく姿勢が感じられます。
病気を抱えながらも、自分の言葉で誰かの支えになりたいという想いが、彼女の原動力になっているのです。
どんな症状が出るの?進行のスピードは?
脊髄小脳変性症は、小脳や脊髄の神経細胞が徐々に破壊されていく進行性の病気です。
主な症状は「運動失調」と呼ばれる体のバランスを取る機能の低下で、歩行がぎこちなくなったり、ふらついたりすることが特徴です。
発症してもすぐに大きな症状が出るわけではなく、あゆみさんも「いつ発症したか断言できない」と語っているように、最初はごくわずかな変化から始まることが多いです。
進行のスピードには個人差があり、数年単位でゆっくり進む人もいれば、比較的早く症状が強く出てしまう人もいます。
さらに、言葉が不明瞭になったり、手先の動きが不器用になるなど、日常生活にも少しずつ支障が出てくるケースもあります。
この病気の厄介なところは、見た目ではわかりにくい初期症状と、進行に伴う生活の質の低下がじわじわと重なってくる点です。
次は、この病気に対しての治療法や、完治の可能性について解説していきます。
治療法や完治の可能性はあるの?
残念ながら、現時点で脊髄小脳変性症を完治させる方法は存在していません。
この病気の治療は、「進行を遅らせること」と「症状を軽減すること」に重きが置かれています。
投薬治療では、一部の症状に対して有効な薬が使われることがありますが、根本的に病気の進行を止めることはできません。
そのため、理学療法や作業療法といったリハビリがとても重要になります。
転倒を防ぐための筋力維持、バランス感覚の向上、日常動作をスムーズに行うための訓練などが、患者の生活の質を維持する手段となるのです。
また、メンタル面のケアも見逃せません。
進行性という事実を受け止めることは簡単ではなく、家族や医療者とのコミュニケーションも含めた総合的な支援が必要です。
完治は難しくても、希望を持って日々を送るための手段は確実に存在しています。
瀬戸あゆみさんのプロフィール
- 名前:瀬戸 あゆみ(せと あゆみ)
- 生年月日:1993年3月12日(2025年時点で32歳)
- 出身地:熊本県
- 血液型:A型
- 職業:モデル・アパレルブランドディレクター・インフルエンサー
- 主な活動:「Zipper」専属モデルとしてブレイクし、原宿系ファッションアイコンとして注目される
- ブランド:自身のアパレルブランド「Aymmy in the batty girls」などをプロデュース
- 家族構成:2024年3月に第一子(男児)を出産。既婚
- SNS:Instagram(@setoayumi)などで日々の暮らしや病気のリアルを発信中
- 公表した病名:脊髄小脳変性症(2025年に公表)
まとめ
今回の記事ではモデル・瀬戸あゆみさんが公表した難病「脊髄小脳変性症」と、それにまつわるリアルな日常や思いについて詳しく紹介しました。
以下に要点をまとめます。
- 瀬戸あゆみさんは脊髄小脳変性症を発症し、進行する病と向き合っている
- 実母も同じ病気を抱えていたことから、親子2代での闘病となっている
- 病気の影響で歩行やバランス感覚に支障があり、育児や生活に困難を感じている
- 多くの支援を受けながら、育児や仕事を「自分のペース」で継続中
- 完治が難しい病気ではあるが、前向きに日々のリアルを発信し続けている
病気を持ちながらも母となり、自分らしく生きていこうとする瀬戸あゆみさんの姿からは、多くの勇気をもらえますね。
同じような境遇の方にとっても、きっと力強いメッセージになっているはずです。
最後までご覧いただきありがとうございます。
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