佐藤かよの昔と本名に驚き!カミングアウトまでの壮絶な道のりとは?

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18歳でモデルデビューし女性として多くのメディアに登場してきた佐藤かよさん。

しかしその裏側には、密告電話や葛藤を乗り越えた、壮絶な人生の物語がありました。

トランスジェンダーとしての生き方に迷っている人、佐藤かよさんの芯の強さに勇気をもらいたい人へ──ぜひ最後までご覧ください。

目次

佐藤かよの昔と本名に驚き!密告電話がきっかけだった

佐藤かよさんの過去や本名を知ると、多くの人がそのギャップに驚くはずです。

学生時代から感じていた“違和感”と本名の背景

佐藤かよさんは1988年12月26日、愛知県で男性として生まれました。

幼少期から「自分は女の子でいたい」という気持ちを抱えていて、小学校に入学したころにはすでに、ランドセルの色や席順の違いに強い違和感を覚えていたそうです。

特に小学校3年生で着替えが男女別になったことで、その“違和感”はよりはっきりと感じるようになったと語っています。

中学生になると「このままでは生きていけない」とまで思い詰め、卒業後に家出。

15歳から女性ホルモンを打ち始め、自分らしく生きることに踏み出しました。

本名についてはメディアで明言されていませんが、過去に通っていた学校の知人などからは男性だった頃の名前で知られていたようです。(噂によると佐藤たかゆきさんだそうです)

当時の佐藤かよさんを知る人からの“気づき”や“密告”が、のちに転機となっていくのです。

カミングアウトまでの壮絶な道のりとは?

佐藤かよさんがカミングアウトに至るまでには、数々の困難と葛藤がありました。

公表のきっかけになった社長との対話

モデルとして活躍していた佐藤かよさんに、ある日事務所へ1本の電話がかかってきました。

その内容は「あの人、男ですよ」という匿名の密告。

この電話がきっかけで、所属事務所の社長に出生時の性別が知られることになります。

過去にも勤務先に同様の電話があったこともあり、「またか…」という諦めもあったそうです。

驚きながらも冷静に話を聞いてくれた社長は、佐藤かよさんの気持ちを尊重し「これからも女性モデルとしてやっていけばいい」と受け入れてくれました。

この対話が公表に向けた第一歩になったんです。

母のひと言で背中を押された勇気ある決断

カミングアウトをするかどうか――。
その判断に悩んだ佐藤かよさんは、母親に相談しました。

母親は静かにこう伝えたそうです。「公表することで離れていく人もいるかもしれない。でも、残ってくれる人を大事にすればいいんじゃない?」

その言葉に心を打たれた佐藤かよさんは、「残った人だけを大事にしよう」と決意。

長年、薄氷を踏むようにして隠してきた自分をやめて、「もう隠さなくていい」と公表する決意が固まりました。

とてもよく理解してくれるお母さま…嬉しいですね!

公表後に起きた反響と、人間関係の変化

2010年佐藤かよさんはテレビ番組で自身がトランスジェンダーであることを公表しました。

公表直後からその反響はとても大きく、メディアでも一斉に取り上げられました。

一方で人間関係にも変化がありました。

カミングアウトによって離れていった人もいましたが、逆に新たな出会いや心から理解してくれる人との絆も生まれたのです。

佐藤かよさん自身も「みんなに好かれようとするのは、もうやめよう」と気持ちを切り替え、自分らしく生きることを選びました。

その結果仕事の幅はさらに広がり、東京での活動も本格化。

多くの人に勇気を与える存在へと変化していきました。

佐藤かよのトランスジェンダーとしての生き方

佐藤かよさんは、自分の性に違和感を持ち始めた幼少期から現在まで、トランスジェンダーとして人生を歩んできました。

その姿勢は多くの人に勇気を与え続けています。

性同一性障害との向き合いと10代の葛藤

佐藤かよさんは、中学生の頃に「このままでは生きていけない」と思い詰め卒業後に家出を決意します。

その夜幼なじみの家を訪ねて女性用の服を借りたエピソードは、彼女の人生の転機となりました。

15歳からは女性ホルモンの注射を始め、自分らしい身体を目指して変化を重ねていきます。

その間コンビニなどのアルバイトで生活費をまかないながら、4年後には夢だった婦人服売り場のショップ店員として働くようになりました。

当時は周囲にトランスジェンダーであることを公表しておらず、不安を抱えながらも、女性として生きる決意を持って毎日を過ごしていたそうです。

整形していないのに気づかれた理由とは?

佐藤かよさんは、自身の見た目の美しさから「整形してるんじゃない?」と噂されることも多かったようです。

しかし実際には整形はしておらず、学生時代から顔立ちはあまり変わっていなかったのだそうです。

このため昔の知人やネット掲示板の書き込みによって、「佐藤かよは男だった」という噂が広がることに。

事務所にも「佐藤かよは男性だ」というメールが届くようになり、それがカミングアウトを決断する大きな要因となりました。

バラエティ番組『メレンゲの気持ち』では、性別適合手術を受けたことも語っており「戸籍以外は、ほぼ女性になった」とインタビューでも明かしています。

整形していないにも関わらず、女性らしさを極めたその姿に、ファンからは「本当に美しい」と賞賛の声が集まっています。

う、美しい!!

韓国移住・YouTube活動までの現在地

佐藤かよさんは2019年韓国へ移住したことを公表しました。

理由は「ゲーム実況者としての活動を本格化させたかったから」。

もともと格闘ゲームが得意で好奇心旺盛な性格から、新しい挑戦にも積極的だったようです。

2021年にはYouTubeチャンネル「Kayo Kayo 佐藤かよ」を開設し、自分の言葉で発信を始めました。

モデルやタレントとはまた違った、自分らしいライフスタイルを届ける場としてファンからも支持されています。

また、若い頃から海外に興味があり、異なる文化や価値観にもたくさん触れてきたことで、「人間の悩みの本質はどの国でも変わらない」と実感。

「自分を理解してあげられるのは、自分しかいない」という強い思いが、彼女の現在の軸になっています。

20代は仕事に全力投球し30代からはより自分らしく人生を楽しむ――。

そんな佐藤かよさんの生き方は、これからも多くの人の心に勇気を与えてくれそうです。

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