大西里枝と夫の馴れ初めが素敵!夫婦の9年と突然の別れに涙

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「扇子屋の若女将」として知られた大西里枝さん。伝統を守りながら、SNSを通じて京都の文化を発信する姿に魅了された人も多かったのではないでしょうか。

この記事ではそんな大西里枝さんと夫・大西裕太さんの出会いから結婚、支え合う日々、そして突然の別れまでを丁寧に辿っていきます。

・2人の出会いと馴れ初め
・共働き夫婦としてのリアルな生活
・夫婦をつなぐ深い絆と信頼
・大西里枝さんの訃報に寄せられた声
・夫・大西裕太さんの経歴と人柄

目次

大西里枝と夫・大西裕太の馴れ初め

結婚から9年にわたって支え合ってきた大西里枝さんと大西裕太さん。
その始まりは、NTT西日本での出会いでした。

出会いはNTT西日本時代の同僚

大西里枝さんと夫・大西裕太さんが出会ったのは、NTT西日本で勤務していた時期でした。

当時大西裕太さんは福岡、大西里枝さんは熊本という異なる勤務地で働いていましたが、共通の知人の紹介をきっかけに知り合います。

里枝さんは「いいな」と思った相手に対して自分から積極的に行動するタイプで「福岡の美容院に行くから」と理由をつけて何度か会いに行ったそうです。

その行動力が功を奏し2人はすぐに意気投合。出会ってからわずか1~2カ月で交際に発展しました。

職場恋愛という環境のなかでも、お互いに尊重し合いながら距離を縮めていった様子がうかがえますね。

交際からわずか9か月でスピード婚

出会ってからすぐに交際を始めた大西里枝さんと大西裕太さん。なんと付き合ってからわずか9か月で結婚を決意しました。

一般的には「早い!」と驚かれるスピード感ですが、それほどまでに2人の相性はぴったりだったようです。

当時は別々の地域での勤務だったため、遠距離恋愛という形でしたがお互いを信じてまっすぐに向き合い続けてきたようです。

結婚後もすぐには一緒に暮らせず、しばらくは別居状態が続きましたが、夫・大西裕太さんが大阪に転勤したことでようやく同居が実現しました。

コロナ禍以降は裕太さんのフルリモート勤務が可能となり、家族で過ごす時間も格段に増えたそうです。

短期間の交際であっても信頼と理解が深く、お互いを大切にする気持ちが強かったからこそ築けた絆ですね。

共働き夫婦としての9年間の歩み

結婚から約9年共に働きながら家族としての時間を大切にしてきた大西里枝さんと大西裕太さん。それぞれがキャリアを持ちつつ、家庭を支え合う関係は、現代の理想的な共働き夫婦の姿とも言えますね。

夫婦で支え合う生活スタイルと家事分担

共働きの家庭では家事や育児の分担がとても重要ですよね。

大西里枝さんと大西裕太さんの家庭では、「食事は妻、それ以外の家事は夫」という分担スタイルを実践していたようです。

夫の大西裕太さんはとても穏やかな性格で、家庭内でも冷静に状況を見守りつつ、黙って支えてくれる存在だったそうです。

一方の里枝さんは家業を継ぎながらSNSやメディア発信など多忙な毎日を送っていました。

そんな中でも夫が自然に家事をこなしてくれることで、精神的にもとても支えられていたと語っています。

家計も「ローンや光熱費は夫」「食費や子どもの費用は妻」というように明確に役割分担されていたことから、2人の信頼関係がしっかり築かれていたことが伝わってきます。

このような支え合いがあったからこそ、夫婦としての安定した日常が保たれていたのですね。

フルリモート勤務で増えた家族の時間

コロナ禍以降働き方が大きく変わった人も多いですが、大西裕太さんもその一人です。

NTT西日本でサービス開発に携わっていた裕太さんは、2020年頃からフルリモート勤務が可能になり、自宅での仕事がメインとなりました。

それにより、これまで別々に過ごすことが多かった時間が一変。家族3人で過ごす時間がグッと増えたそうです。

この変化は大西里枝さんにとっても大きな支えだったようで、「夫が家にいると安心するし、心が落ち着く」と語っていました。

さらにSNS投稿や商品開発に関しても、裕太さんは事前に確認し、的確な意見をくれる存在だったとのこと。

家業を営む上での不安や孤独感も、夫のそばにいることで軽減されていたようですね。

子どもを両親に預けて夫婦2人で過ごす時間も大切にしていたというエピソードからも、日常の中に愛情と信頼がしっかり根付いていたことが伝わってきますね。

突然の別れ…大西里枝さんの訃報に広がる悲しみ

2025年8月22日、大西里枝さんが自宅で急逝されたという訃報は、京都だけでなく全国に衝撃を与えました。35歳という若さでの旅立ちに、SNSやメディアを通じて多くの人々から追悼の声が寄せられています。

SNSや市長の追悼メッセージ

大西里枝さんの訃報が報じられたのは2025年8月24日。この日「大西常商店」の公式Facebookでは、「代表取締役社長の大西里枝が逝去いたしました」と正式に発表されました。

突然の知らせに、京都市民だけでなく全国のファンや関係者から悲しみの声が相次ぎました。

松井孝治・京都市長は自身のX(旧Twitter)で「ほんまにいつも真面目で真剣で全力投球のお方でした」「いくらなんでも、早すぎます…」と心のこもった追悼メッセージを投稿しました。

SNS上では「嘘でしょ…」「この前お店でお会いしたばかり」「あんなに気さくで明るい方が…」など、信じられないという反応が目立ちました。

さらに里枝さんと直接関わったことのある人々からは、「優しくて芯のある人だった」「京都の文化をあれだけ素敵に伝えてくれた人はいない」といった称賛と感謝の言葉が並んでいました。

若女将としての活躍と京都文化の発信

大西里枝さんは、老舗京扇子店「大西常商店」の4代目若女将として、伝統を守りながらも新しい風を吹き込んだ人物でした。

特に印象的だったのが、京都の風習や年中行事を着物姿でSNS発信するというユニークな活動。

「菖蒲打ち」や「門口に煮汁をまくお盆行事」など、地元の人でも見落としがちな文化を丁寧に紹介し、多くのフォロワーから注目を集めました。

2023年には「裏がある京都人のいけずステッカー」のイメージモデルとしても活躍。

本音と建前を絶妙な表情で演じ分ける姿が話題になり、ステッカーは京都みやげとして大ヒット。

「いけず文化」に対する理解や興味を全国に広げるきっかけとなりました。

彼女の発信は単なる宣伝にとどまらず、京都の暮らしや文化の背景にある“思いやり”を伝えるものでもあり、多くの人に深く響きました。

夫・大西裕太のプロフィールまとめ

妻である大西里枝さんの活動が注目される一方で、夫・大西裕太さんの存在もまた、多くの人にとって印象的だったのではないでしょうか。
静かにしかし確実に家庭と妻を支え続けてきたその人柄や経歴には、思わず尊敬の念を抱いてしまいます。

NTT西日本勤務の経歴と現在の役職

大西裕太さんは、熊本県出身の1989年生まれ

有明工業高等専門学校を卒業後、NTT西日本に入社しました。

入社後は広島・福岡などで経験を積み、現在は大阪本社で映像関連のサービス開発・企画業務を担当されています。

特に2020年のコロナ禍以降はフルリモート勤務が可能となり、自宅での仕事スタイルが定着。

この変化は家族と過ごす時間を増やすだけでなく、家庭内でのサポートにも繋がった大きな転機となりました。

NTTという安定した職場で着実にキャリアを築きながら、家庭では「穏やかな夫」として何気ない日常を支えていた存在です。

公私ともに妻を支えた穏やかな人柄

大西裕太さんの最大の魅力はその「穏やかさ」でした。

SNSでも、インタビューでも、妻・大西里枝さんは「裕太さんがいるだけでホッとする」と何度も語っていました。

家事や育児を積極的に分担するだけでなく、SNS投稿のチェックや商品アイデアへのアドバイスなど、仕事面でもそっと寄り添って支えていたそうです。

里枝さんが「ちょっとって言われただけで、私、何もしてへんもん!って言っちゃう」と笑って話すほど、裕太さんの存在は“家庭の中の絶対的な安心感”だったのではないでしょうか。

そして時には息子を両親に預けて、2人で過ごす時間も大切にしていたというエピソードからも、夫婦の絆の深さがうかがえます。

「いつか子どもは巣立つけど、最終的に一緒にいるのは夫だから」と話していた里枝さんの言葉には、心からの信頼と感謝が込められていたように感じます。

まとめ

今回の記事ではこんなことを書きました。以下に要点をまとめます。

  • 大西里枝さんと大西裕太さんはNTT西日本時代に出会った
  • 交際からわずか9か月でスピード結婚した夫婦
  • 共働きで家事と家計を分担し、支え合う暮らしを送っていた
  • コロナ禍以降はフルリモート勤務で家族の時間が増加
  • 2025年8月22日に大西里枝さんが急逝、SNSなどで大きな反響
  • 京都文化の発信や「いけずステッカー」など多方面で活躍
  • 夫・大西裕太さんはNTT西日本で働く穏やかな性格の持ち主で、公私ともに里枝さんを支えていた

京都の伝統文化を愛し自分らしく発信を続けた大西里枝さん。その傍らには、いつも静かに支える夫・大西裕太さんの存在がありました。

大西里枝さんのご冥福を心からお祈り申し上げます。

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